ゼミでの見学会 03夏

日時と次第
2003年6月24日(火) 午後1時ピロティー集合,4時半頃現地解散
目的地(交通手段)
小樽市宗圓寺五百羅漢像,住吉神社(自家用車2台)
参加者の感想文

―遠足の楽しさの中で感じたこと―

 最近の古典文学研究室のゼミはアクティブだと思う。大学の近くに桐の花や藤の花が咲いたら、発表の前にみんなで一緒に見に行ったりもした。そのとき私は花の名前を知っていただけのその花を見て、なぜか楽しくなってしまった。たまにはこういったフィールドワークも刺激があっていいと思っていたら、今度は「小樽」に行こうということになった。

 まず私たちは500人もの羅漢様の待つ、宗圓寺に向かった。とても急な坂を上ったり、下ったりしてたどり着いたその場所はなんとなく静かだった。そこには様々な顔や格好をした羅漢様が私たちを見つめていた。私は少し緊張した。「だるまさんがころんだ」の鬼になったような気分だった。その後、羅漢様を一人一人見つめ返しながら、「羅漢様からみれば、私は鬼に見えるのかもしれないな」というようなことを考えていた。いちおう念の為、帰り際に「だるまさんがころんだ」と心の中でつぶやいてみたことは言うまでもない。

 そして、動いた羅漢様を発見できなかったことを残念に思いつつ、次に訪れた場所は住吉神社だった。私は神社ではどうしても身構えてしまうのに、ここでは、高校生や親子が神社を横切っていくのを何度も見た。私はこの神社が町の一部として親しまれているのだと思った。同時に、私にとっての篠路神社がそうであるように、人にはそれぞれ畏まらずに立ち寄れる神社というものがあるのかもしれないと思った。

 この他にもたくさんのことを学んだり、考えたりすることができて非常に楽しい遠足だったので、また機会があればいろんな所に行ってみたいと思った。
(4年目・HT)
 
 さきの6月24日に古典文学研究室は、大学を離れて遠く小樽にてゼミを行った。午後1時、先生から飲み物をいただき、楽しい遠足気分で私は桐田さんと共に脇山さんの車に乗せてもらい出発した。車中では、イザナミ、イザナギの話題で盛り上がり、今の日本について憂えた私であった。

 小樽に近づくと、道はうねり、木々の青々とした姿が車のスピードにあわせて私の目に映っていった。五百羅漢を目指し進む我々に、苦難が待ち構えていた。坂の街小樽、それも山の方にあるのだから、とてつもない上り坂で、桐田氏は恐怖を感じたようであった。徒歩で坂を登るのも辛く奇妙な前傾姿勢になってしまった。ハイヒールでは下る時にとても大変な思いをすると先生からうかがった私は「ハイヒールは履かない」と心に決めたのであった。

 頑丈に閉められた扉、なんとそれはダミーであった。真実の扉を発見した我々は、ついに五百羅漢を見ることができたのだ。圧倒的な存在感、様々な表情、そのたたずまいに私は言葉を失った。がしかし「シェ−」や「アイ−ン」のポーズをとるものもあり、すぐに言葉を取り戻し、笑った。変な顔の像に私が似ていると指摘され、思わず私は罰当たりにも「却下」と言ってしまった。

 住吉神社に向かった我々は、御影石と砂の関係について知った。神社の内部には、美しい装飾の施された仏具があった。旅も終りに近づいた我々はそばやうどんを食べ、先生のごこういに甘えた。私は体によいと言う蕎麦湯を飲んで健康になった、に違いない。愛情あふれる狛犬の親子を見た我々は、帰路についたのであった。
(4年目・SK)

遠足の思い出

 宗円寺で五百羅漢像に圧倒され,住吉神社では狛犬に夢中になり,「そば順(じゅん。したごうにあらず。)」で美味しいおそばを食べた,小樽へのゼミ遠足。

 まず,宗円寺では,511体もの羅漢像に迎えられました。羅漢像は,一体一体が違う表情を見せており,私は密かに自分に似た羅漢像を探しました。しかし,見つけることが出来ず,とても残念に思いました。

 また,このように表情豊かな羅漢像を見ていると,明治維新以前の松前藩の繁栄や,明治維新以後の松前藩の没落,それに代わる小樽の繁栄が偲ばれました。

 次に,海の神々を祀る住吉神社への参詣についてです。

 狛犬が夫婦だということも初めて知りました。父狛犬が「阿」,母狛犬が「吽」。まさに「阿吽の呼吸」で神社を守っているはずの狛犬でしたが,社殿近くの狛犬は,とても愛嬌のあるかわいい顔をしていました。狛犬も羅漢像並に表情豊かなものだなぁと思いました。

 また,住吉神社の境内に松尾芭蕉の句碑があったのには驚きました。家でインターネットを使って調べてみましたが,なぜそこに芭蕉の句碑があるのか,調べることができませんでした。また,句そのものも,「はせを」が松尾芭蕉だということも,先生に教えていただくまでわかりませんでした。

 このように,今まで知らなかった事を沢山知ることができて嬉しく思った反面,改めて,自分の知識の無さを思い知り,恥ずかしく感じました。移動時間を含めても3〜4時間という短い時間でしたが,学ぶ事の多い,非常に有意義で楽しい遠足でした。
(4年目・AS)

 宗円寺の本堂に一歩足を踏み入れた時、すぐに独特の匂いを感じました。それは古さを感じさせる匂いです。五百羅漢像にはまずその数に圧倒され、一つずつ見ていくとその表情の豊かさにまた驚かされました。顔だけでなく手つきや服装もそれぞれ違い、作者が像にこめた魂が伝わるようでした。

 住吉神社は、社殿までの道が木に囲まれているため涼しく、神社らしい神聖な雰囲気が感じとれました。他の神社でも敷地内は自然が多いと思いますが、今回特に、社殿だけでなく、敷地全体が「神社」であるということを体感することができました。ほかの季節にも来て、景色を楽しみたいです。
(3年目・MK)

 まず、北海道に五百羅漢が、しかも指定有形文化財であるような素晴らしいものがあるなどということを知らず、赤面の思いだった。住吉神社についても、あまりピンとこないというのが本当のところだった。しかし実際に行ってみると、五百羅漢は本当に一体一体が個性的で、カメラを持っていなかったことが悔やまれてならなかった。

 帰宅後、インターネットで小樽の五百羅漢について調べてみると、(http://www.city.otaru.hokkaido.jp/kanko/bunka.htm)というサイトで、五百羅漢についてやや詳しい情報があり、五百羅漢の製作者には松前に居住した能面師がいたこと、また、津軽で作られたという伝説もあるということ(http://www.otarucci.jp/kankou/bunka/bunkazai/bunka006.html)がわかり、歴史の深さを感じた。北海道にはこの他にも、さまざまな歴史のあるものがあるにちがいない。「北海道は歴史の浅いところだから」などと言って触れないのはもったいない。ぜひ、今後もさまざまな場所へ出かけ、北海道にいたからこそ出会えるようなものにめぐりあいたいと思う。
(3年目・KK)

 五百羅漢像に、正直、圧倒されました。本当にひとつひとつ表情や仕種が異なっていて、見ていて飽きませんでした。彫りの細かさや質感のリアルさ、目に玉を入れる技術など、昔の職人さんの素晴らしさに驚かされました。住吉神社の境内から真っ直ぐ先に小樽の海が見えた時、ふと、昔の人はこういう光景に感じた思いを歌に詠んでいたのだろうなと思いました。そこで即座に一句浮かばなかったのが、我ながら何だか悔しいです。 野外でのゼミは、いつもとはまた違った楽しさと新鮮さがありました。また、何処かにゼミで出掛けたいです。
(3年目・TW)
補  足
 住吉神社境内の芭蕉句碑は,「梅が香にのつと日の出る山路哉」。道内7つの句碑のうちの一つ。明治22年に量徳町黒住教会に建てられたものだという。田中昭三氏編「芭蕉塚蒐」参照。宗圓寺は曹洞宗,本尊は丈六釈迦如来坐像。脇侍と四天王像等もあり。
アルバム
五百羅漢像のうち桃山時代作の一体
ピースサインをする人々
近くの寺の異花


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